第2回:風が教えてくれたこと
次の日、
茜は仕事の午後を半休にして、
海沿いの公園へと足を運んだ。
ここは、彼女が幼稚園児の時に初めて
来てからのお気に入り。
都会の喧騒から少し離れた場所で、
風が心地よく吹き抜け、波の音が
耳に心地よく響く。
「あぁ~ やっぱり気持ちいいなぁ」
この場所に来ると、なんとなく
自分の心が整理される気がする。
公園のベンチに座り、
茜は目を閉じた。
「何だかんだで気づけば、
5年くらい来てなかったかぁ。。」
「そんなに忙しかったかな?
いや、気が向かない自分になってた
のかも」
海風が髪を揺らし、潮の香りが
鼻をくすぐり、懐かしい。
その瞬間、ふと、
過去の自分が頭に浮かんできた。
「あの頃の私は、もっと自由で
充実感あったな……」
20代の茜は、エネルギッシュに日々
仕事とプライベートに忙しく、
未来に対して無限の可能性を
感じていた。
根拠のない希望と期待を自分に
抱いていたのだ。
失敗も恐れず、してもすぐに
リカバリーするだけ。
そこからの学びと成長もあるので、
失敗を恐れる人を見ると、
もどかしく
感じることすらあった。
次々と新しいことに挑戦し、
何度も壁にぶつかりながらも、
それを乗り越えて、できる事の幅も
深さも増して実力が付いていく自分
が大好きだった。
その頃の自分は、
毎日が冒険のようで、何が起きるか
分からないというワクワクと楽しみ
が常にあった。
朝起きるのが、待ち遠しくて
目覚ましの前にパチッと目が開き、
飛び起きて支度する、そんな日も
あったりした。
しかし今の茜はどうだろう?
確かに、若い時のがんばりの甲斐も
あって、仕事は安定し、
生活も規則正しく整っている。
けれど、その反面、心の中にある
のは、
「もうこれ以上は成長しない
かもしれない」という
漠然とした不安。
いつの間にか、挑戦することを避け、
安全な道を選ぶようになっていた。
何かに挑戦して、時間や労力、お金を
失うくらいなら、
無難に省エネの生活をしていよう。
でも、
「私、このままで本当にいいの……」
「このままで老後を迎えるの?」
風が強く吹き抜け、茜の髪を
大きく揺らした。
その風に導かれるように、
茜は昔の夢や憧れを思い出していた。
あの頃、茜には「こうなりたい」
という明確なビジョンがあった。
それは誰かに強制されたのでなく、
心の底から自分が望んでいたものだ。
でも、いつの間にか、、その夢は、
現実という名の環境バケツに埋もれ、
理想ではなく、そこそこの満足感と
達成感と評価いう美酒に
妥協を許し続けて来たのではないか?
そう茜は、
本当に思い描いていた夢ではなく、
生活できている安心感に安住していた
自分に気づく。
この夢と現実のギャップを心の深い
所が分かっていて、
ぽっかりと空いた穴の正体だった
のかもしれない。
「そうよね、東京で女ひとりで
生きていけるだけでも大したものよ」
「どうなるか分からなかった昔に
比べて、今は生活も安定したし」
「ストレスはたまにあるけど、
何とか今までの経験で
やり過ごせるわ」
「贅沢しなければ、生活には
困らないし、食べていけるわ」
今の生活や生活の為に仕事をしている
自分に対しての言葉が次々と浮かぶ
「でも私、このままでいいの??」
「本当に、それで良いの?」
「後悔しないの?」
「心に穴が開いたままでも良いの?」
「私の人生・・・・・
どう生きるの。。。。。?」
「定年になるまで待って、退職金を
もらって、考えればいいじゃない?」
「それまで、そんな年齢まで
待つの?」
「・・・・・」
「私・・・・・」
「まだ間に合うかもしれない……」
茜はその瞬間、静かに決意した。
今の自分のままでは
終わらせたくない。
もう一度、あの頃のように挑戦し、
進んでいく勇気を持ちたい。
風が吹き抜ける中、茜は心の中で
静かに誓った。
「自分の人生を、自分の足で
歩いていこう」と。
<第3回:大切な一歩>につづく