第1回:茜、立ち止まる
東京駅の夕暮れ時。
茜(あかね)は、仕事帰りに気が向く
と立ち寄るカフェで、
窓際の席に座ってカプチーノを
啜っていた。
カップを両手で包み込みながら、
街を行き交う人々をただぼんやりと
眺めている。
会社員たちが家路を急ぎ、
学生たちは友達と楽しそうに
笑い合っている。
そんな風景を見ながら、茜はふと
自分に問いかける。
「私、これでいいのかしら……?」
35歳を超えてから、こんな風に
自問自答することが増えた気がする。
茜は東京の大手企業でキャリアを
積んできた。
責任のある仕事を任され、後輩たち
からも信頼されている。
上司からの評価も悪くないし、
友人とも適度な距離感を保ちながら
月に一度は会う。
何もかもが「順調」に見える。
けれど、
心の中にあるぽっかりとした穴、
その違和感が消えることはなかった。
それどころか、最近、違和感が膨らみ
自問自答する時間が増えている。
「何か足りない……でも、
何が足りないんだろう?」
茜の学生時代の友人たちは、ほとんど
が結婚して家庭を持ち、
子どもを育てている。
家族の写真をSNSに上げる彼女たちの
姿を見て、羨ましく思うこともある。
だけど、それが自分に合っているのか
と問われると、自信がない。
かつて結婚を考えた相手もいた。
だが、求婚された時、
茜はその一歩を踏み出せなかった。
「結婚すれば、この違和感は
消えるのかな……?」
そんなことを考えつつも、
茜は自分が結婚を選ばなかった理由を
今でも正しいと思っている。
あの時、あの瞬間に、
なぜか確信が持てなかったのだ。
「本当にこれが私の望んでいること?」
そう自問した時、答えが出なかった。
だから、その場に踏みとどまった。
そして今も、
独身のままキャリアを歩んでいる。
「後悔してるのかな……?」
カプチーノの温かさが手に心地よく
感じられる。
茜は窓の外に目を戻す。
いつも通りの東京の景色。けれど、
心の中に広がる不安と空虚感は、
少しずつ大きくなっている気がした。
その感覚が今夜、いつもより強い。
そんな時、
隣のテーブルから聞こえてきた会話
が、茜の耳を捉えた。
「自分の人生をどう生きるか……
それが本当に大事だよね」
何気ない会話の一節だった。
おそらく大学生だろうか、隣に座る
若い女性たちが話している内容だ。
しかしその言葉は、茜の心に
深く突き刺さった。
「自分の人生、どう生きるか……か?」
その言葉が、
茜の頭の中で何度も何度も響き渡る。
これまで考えないようにしてきた
問いが、今になって
目の前に現れているかのようだ。
カプチーノを口に運びながらも、
茜はその言葉から離れることが
できなかった。。。
<第2回:風が教えてくれたこと>につづく